前述した「RPE(自覚的運動強度)」は自己管理のための素晴らしいツールですが、最大の弱点があります。それは「主観に依存している」ということです。「あと1回できたかな?」「今日はキツかったからRPE 9かな」という判断は、どうしてもその日の気分やモチベーション、精神的な疲労度に大きく左右されてしまい、客観的な精度に欠ける場合があります。そこで、人間の曖昧な感覚や主観を完全に排除し、物理学的な「データ(数値)」にすべてを委ねる最先端のトレーニング手法が誕生しました。それが「Velocity Based Training(VBT:挙上速度基準トレーニング)」です。バーベルに加速度センサーやワイヤーを取り付け、「1秒間にバーが何メートル動いたか(m/s:メートル毎秒)」という客観的なスピードをリアルタイムで計測しながら行う、トップアスリート御用達の革新的トレーニングです。
01速度と重量の完全な相関関係によるMAX予測
生体力学には「重いものは遅くしか動かせず、軽いものは速く動かせる」という絶対的な法則(フォース・ベロシティ・カーブ)があります。VBTではこの法則を利用し、「今日のウォームアップの速度」を1〜2回測るだけで、「今日の本当の1RM(MAX重量)」を限界まで追い込むことなく、極めて高い精度で予測(逆算)することができます。
例えば、普段60kgのバーベルを全力で挙げた時の速度が「0.8 m/s」だとします。しかし、ある日同じ60kgを全力で挙げたのに、速度が「0.6 m/s」しか出なかったとします。これは筋肉痛がなくても、中枢神経系が深く疲労している明らかなサインです。VBTデバイスのアプリは即座に「今日はMAX筋力が15%落ちているため、メインセットの重量を10kg下げて行いなさい」と、冷酷かつ客観的な指示を出してくれます。主観に頼らない究極のオートレギュレーションです。
02速度低下率(Velocity Loss)によるセットの終了
VBTのもう一つの革命的な使い方が、「セットの回数(やめ時)」をあらかじめ決めるのではなく、バーベルの「速度の低下」で強制終了させる手法です。
例えば「1レップ目の最高速度から、速度が20%落ちたらそのセットは直ちに終了する(Velocity Loss 20%)」という厳格なルールを設定します。1回目が 0.5 m/s だった場合、疲労によって 0.4 m/s を下回ったレップでバーをラックに戻します。それが5回目であろうと、3回目であろうと関係ありません。
これにより、疲労困憊でフォームが崩れ、無駄な筋破壊や神経ダメージだけが蓄積する「ジャンク・ボリューム(質の低い無駄な努力)」を完全に排除し、最も質の高い、強大なパワーが発揮できているフレッシュなレップだけを抽出してトレーニングすることが可能になります。
- 筋肥大が目的:速度低下率 20%〜40%(疲労困憊まで追い込む)
- 筋力向上が目的:速度低下率 10%〜20%(フォームと出力を維持する)
- パワー向上が目的:速度低下率 10%未満(スピードが落ちる前に即やめる)
03意図的な最大加速の強制とモチベーション
VRT(可変抵抗)の項目でも触れましたが、最大筋力を高めるためには、軽い重量であっても「意図的に全速力で爆発的に挙げる」ことが極めて重要です。VBTデバイスを使うと、毎レップごとに「0.45 m/s!」というように数値と音声でリアルタイムフィードバックが得られます。
すると人間は本能的に「次はもっと速い数値を出してやる!」とゲーミフィケーション(ゲーム感覚)のスイッチが入り、無意識のうちに神経系のリミッターが外れ、常に100%の出力(代償的加速)を引き出されるようになります。デバイスがない状態での「なんとなくの全力」とは、動員される運動単位の数が全く異なるのです。
VBTデバイスの普及
かつては大学の研究室やプロスポーツチームにしかない数百万円の機材が必要でしたが、現在ではスマートフォンとBluetooth接続できる数万円程度の小型加速度センサー(VmaxproやPUSHなど)が普及し、一般のトレーニーでも日々のトレーニングにVBTを簡単に導入できるようになりました。
まとめ
テクノロジーの進化により、私たちはもはや「気合い」や「勘」、「今日は調子がいい気がする」といった曖昧な感覚に頼る必要がなくなりました。バーベルのスピードは決して嘘をつきません。VBTは、あなたの身体と神経の本当の状態をリアルタイムで映し出し、怪我を防ぎながら最短距離でパワーを引き出してくれる最も正確な鏡なのです。
